どろんこあそび

子供のために本気で専業主夫になると決め会社を辞めた男の泥臭い子育て雑記ブログ

1歳児にドライバーは与えてもいいのか

息子の『米太郎』は現在1歳9ヶ月。

好奇心旺盛で気になることはすぐに手を出そうとする時期だ。

 


 

今回の話題

子供に敢えてドライバーを渡す件について

screwdriver-cover

 

僕の家では(と言うか僕は)基本的に子供にはドライバーを与えることにしている

 

いわゆる一般世間的には「そんなことしたら危ないでしょ!」と言われてもおかしくない行動だろうし

「1・2歳の子供にドライバーを渡すなんて、親としてどうなの?」そう言われても仕方ないのはわかっているつもり。

 

現に嫁のお父さんが家を訪れた時に床にドライバーが転がっているのを見て

「子供がいるんだからこんなもの早くしまいなさい」

「出していたら危ない!怪我したらどうするんだちゃんと見なさい」

などといったお叱りの言葉をもらったんだけれども義理の祖父には申し訳ないが祖父がいない間にはうちの米太郎はドライバーでキャッキャ遊んでいる

 

集中力・注意力・記憶力の面から

 

僕はドライバーに関してはきちんと見ている分には全く危なくないと認識している

 

それと、1番最初に興味を持ったのはうちの米太郎の方なので、興味を持ったことをさせたいと言うのが僕のポリシー。

 

興味を持ったことに素直に行動して体験したその一つ一つがその子の知識となって知恵となって経験となって脳の中に蓄えられていく。

 

子供は興味を持ったことには驚くほど素直に動く

その時の集中力は並外れている

 

集中力って記憶力に直結するんだよね。

 

ちょっと話がずれるんだけれども、

人間はある条件が整った時に物事をとても良く記憶する事ができるんだけれども

 

それに欠かせない一つの要素が「集中力」

 

何か物事に心から集中しているときには脳の記憶によく蓄えられることがわかっている

 

それに関してはこちらの本がよく書かれている

 

 

だけどその一つ一つのやりたいと思ったことに親がいちいち口を出してしまったら?

 

せっかくのやる気をそいでしまうどころではなくせっかく興味を持ったことが嫌いになってしまう可能性だってあり得るわけ。

 

そりゃそうだよね

その時ばっかりは親は自分の行動の邪魔をするヤツになってるんだもん。

 

やりたいっ!したいっ!っていう強い欲求がグワッと湧き上がってきた矢先に絶対的なそして大好きな親の一言が魔を指してくるんだから子供の心境って結構複雑なはず。

 

我が家での実例から

 

さっきのドライバーの例じゃないけどさ

 

息子の米太郎は以前に、好きなおもちゃの電池がなくなっておもちゃが動かなくなったことに不思議に思っていたから

 

僕はそれをみて工具セットからドライバーを取り出して目の前のおもちゃの電池を目の前で取り替えてあげた。

 

その時米太郎は取り替えるシーンを涎を垂らしながら黙って見ていた

(このよだれを垂らしているというところも私はポイントだとも思ってる)

 

僕はなんとなくこの瞬間からあ〜見てるな〜って感じはあって

 

 

はいできたよ〜っておもちゃを渡したんだけれども

 

もうやっぱり注目は完全にドライバーの方。

 

動くようになったおもちゃとかどうでもよくなってたんだよね。

 

だから瞬時に考えて言うのやめたよ、「さわっちゃダメ」って。

 

その代わり助言はしてあげた。一言、「気をつけてね〜」ってだけ。

 

 

でももしこの場面で僕が直感的に子供に対して

「危ない!」とか「これはダメ」とか

「これ触るとケガするよ」だとか

「これはお前にはまだ早い」みたいなのとか

「あーだめだめだめだめ危ない危ない」

とか言って本来触りたかったドライバーを取り上げてしまったら?

 

まぁ泣くよね。もしくは「あーわー」言いながらドライバーの方に行こうとするか。

 

でそうなるとめんどくさいから「ちょっとなら…」って渡すか、

「ダメなものはダメ!」って言っていくら泣いても手の触れられない所に隠すか。

ってなるんだろうけど

 

でもさもちろんある程度危険なものであると言うのは間違ってはいないとは思うけど果たしてその子が本当に危ないことをするか?って話で

 

当たり前の話だろうけど、もし渡す相手が子供じゃなくて大人だったらもちろんおとなに対して「まだ早い」とか「危ない」とかそんな事は言わないでしょ

 

だからこれはつまり自分の子供を甘く見ていることと同じなんじゃないかと思う。

 

もちろん子供を大切にしたいと言う気持ちは100も承知で、僕も大事にしているからこそドライバー1つでここまで考えるのであって

 

仮にその興味を持つ瞬間がその一瞬だけなんだとしたらその興味を持った瞬間というのは実にもったいない瞬間なのであってもしそこでやる気をそいでしまうような子人のことが親と言う絶対的な立場から発せられたとするならば子供は下手をしたら二度とそれに手を触れない

 

もしくは親の許可が必要なんだと感じてしまう・親の表情を伺う

そんな子供に自主的な行動が起こせない子供を作る要因の1つなんじゃないかと深く考えることもできる

 

子供の自主性を育てるという面について

 

僕の子育ての目標の1つに子供の自主性を育てるという課題がある

 

その上でこのドライバーの問題に関しては注意深く考える内容だと思っている

 

たかがドライバー1つの話だけど

自分の子供が興味を持った瞬間にやらせて集中してもらいどう行動しているかをよく見てみると意外と危ないことはやらないことがわかると思う

 

実際に電池を入れ替えると言う場面で子供がドライバーを触りたいと興味津々

与えた結果どうなったか

そのまま僕と同じネジ穴にドライバーを入れ回すような動きを見せた

 

これの何処が危ないのだろう

 

もちろん隣には僕がついているし、さすがに持って走り回るような事は危ないのでやらせない(大人でもそのような事はしないだろうし)

 

そしてドライバーはそのような使い方をするものではないということは確実なので、もしそのようになるのであればそれに関してはきちんと言い聞かせるけど

 

特に走り回る様子もないし危ない場面は1つもなかった、現に今もない

 

このように親が思ってる以上に子供を信じて任せれば危ない事は少なく、危ないと思う親が子供を信じていないのであって

 

僕からすれば一度持った興味をその瞬間に削ぐその行為こそが最も貴重な瞬間をダメにしてしまっているのではないかと思ってならない。

 

そのような状況を作ってしまってから親が子供に言ってまた子供が興味を持つだろうか?

 

子供は親の操り人形ではなく「個人」なので

 

「自主性を育み個人を尊重する」そんな関係を築きたいのであればこのドライバー1つの問題でもしっかり考えなくちゃならないんじゃないかと思ってしまう

 

幼い子供にドライバーを与えてどうなる?

 

じゃあそんな言っても与えたところでどうなるかって話だけど

 

正直めちゃくちゃ違いが出ることじゃないと思う。

 

おんなじように自主性を育てられる瞬間ってのはもっと色んな所にあるし、

生涯を通じてドライバーを扱うことってのも一部を除いてはそんなに重要じゃないと思う。

 

だけれども

 

のちに電池の入れ替えだけじゃなくっておもちゃ・機械の分解を自らし、その機械の構造自体に興味を持ってもらいたいなぁと思ったり

 

図画工作等の時間でドライバーを使う機会がそのうち訪れるだろうけれどもその頃には他の子供たちよりスムーズに正確に器用にドライバーを使いこなしてほしいなぁとか

 

ぱっと考えられるところじゃ正直そんなところ。

 

でも

一方で小さな頃からドライバーに触るなと言われて興味を削がれて関心が無くなった子供が図工の時間でドライバーを扱えと言われたところで苦手意識が拭えきれなかったり、手の器用さが違ったりとその時点で既に段違いに差が出ていたら?

 

考えすぎなところもあるけれど

 

細かい一つ一つが積み重なると大きな差になる

 

と、ちりつも精神で泥臭く行きていくつもり